特攻の真実「日本は負けます!」

日常や趣味等

ビジネス陰陽師の吉川です。

本日、知覧に来ております。
気づきを少しお話しします。

「特攻隊の母」鳥濱トメさん

昨日お話しした通り、
本日から鹿児島県の知覧に来ています。

そこで、実際の特攻隊員が
最後の夜を過ごした食堂で
「特攻隊の母」と呼ばれた鳥濱トメさん。

彼女は、17歳~27歳くらいの
特攻隊の若い隊員たちに、
最後の思い出になるように
献身的にお仕えをされました。

物資のない時代に、着物や家財道具を
売って好物の卵を食べさせてあげたり、

戦後、彼らのお墓を一人で立て、
毎日お参りをしたことで、
観音堂ができ、平和記念館ができたり、。。

行動することで、多くの人の
人生を変えていきました。

そのトメさんの曾孫の語り部の方に、
何十年も語り継がれてきた
実際の特攻隊員のお話を
直接聞くことができました。

「日本は負けます!それでも行きます!」

特攻隊員は、飛行機で特攻する前に
遺書と写真(遺影)を残します。

しかしそれらの遺書は、
軍の検閲を受けるため、本当の
胸中を書くことはできません。

だから鳥濱トメさんは、
多くの特攻隊の方の最後の手紙を
預かり、自分の私信として
ご家族にその手紙を送ったのです。

その手紙を読むと、
隊員たちの最後の気持ちが
分かってきます。

当時は沖縄まで米軍に攻め込まれ
逆転などはほぼ絶望的な戦況。

特攻隊員も、
自分の特攻によって
戦局をひっくり返せると
信じている人は少数だったのでは
ないでしょうか?

ある手紙には、

「日本は戦争に負けてしまうでしょう。
 現在の戦況や、日米の戦力差を
 分析するとどう考えてもそうなります。

 しかしそれでも愛する人を守るため、
 私は飛行機に乗って出撃します」

「多くの同僚が特攻で散っていった今
 自分だけが生き残るわけにはいきません。
 私も彼らの後を追い、
 あの世で再会します」

こうした、表に出てこないような事も
書かれています。

また、実際は特攻のために出撃しても
故郷の山の方に向かっていって
墜落してしまったり、

どうしても命を捨てきれず、
恥を承知で戻ってきてしまった
隊員の方もいたようです。

現状を受け入れ、自分に何ができるか

特攻のような極限状態で、
全ての隊員が泰然自若と飛び立っていける
わけがありません。

だから過度に特攻を美化したり、卑下したりする必要はないと思います。

それでも彼らは、一人ひとりが
どうしようもない現状を受け入れ、

自分に何ができるかを考えて、
運命に沿って行動していった
のだと思います。

やはり現地に足を運んで
現場を見て、現地の人の話を聞く。

そうしたことから見えてくることが
たくさんあると実感した
1日目でした。

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